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普通列車立川行き

機材が機材なので(甘え) まだまだ写真は下手ですが、どうか暖かい目で見守って頂けると大変幸いです

C4編成運用離脱/N605編成運用開始

N605の写真はどっか行ってしまいました()

これは良くない、、

 

それはさておき、本題に話を戻しましょう(((

 

6月30日、C4編成が中央本線447M~(中略)~篠ノ井線1243Mの運用を以て定期運用から離脱しました。

それと入れ替わる形で7月1日より、211系N605編成(旧:田町車N5編成)が篠ノ井線1236Mより運用を開始しました。

 

編成は以下の通りです。

 

C4編成

(立川方より)クハ115-1110+モハ115-1038+モハ114-1099+モハ115-1024+モハ114-1082+クハ115-1058(長野・直江津方)

N605編成

(立川方より)クハ211-5+モハ211-9+モハ210-9+モハ211-10+モハ210-10+クハ210-5(長野・直江津方)

一度運用から離脱したC4編成ですが、C1編成の臨時快速運転に伴って車両不足が生じたためか、7月14日に定期運用復帰。しかしそれもつかの間、運用が1周した7月25日に先述の運用を以て定期運用から再び離脱。このまま廃車になるかと思われましたが、8月15日の諏訪湖花火大会の臨時普通列車の運用で本線上に再び姿を見せました。ですが残念ながら先はそう長くなく、この臨時普通列車の運用が客を乗せて走る最後の運用となり、8月中旬~下旬ごろにに長野総合車両センターに入場、廃車車両が留置される線路に編成を分割されて留置されたことが確認されています。

C4編成の運用離脱と廃車に伴い、115系6両編成(C編成)でリニューアル工事(以下RN工事)を受けていない編成はC1,C3,C12~C14の5本となりました。

また、115系で札式の列番表示器を使用している車両(C編成以外に札式の列番表示の残る編成は存在しますが、まともに列車番号を表示して走ることは稀です)は

未更新車においてはC13編成のクハ115-1127のみ、

リニューアル工事施工車ではC6編成/C7編成の両端クハと、C8編成のクハ115-1512の計6両となりました。

首都圏を中心に見られた札の列番表示を使っているクハですが、まもなく終わりが見えてきそうです。

現役時代を振り返ってみます。

 

C4編成は2001年3月16日に長野に転属しモトB3編成(6両貫通、300番台)を置き換えました。置き換えられたB3編成は伊豆急に譲渡されることもなくそのまま廃車されたと思われます。

宇都宮線時代末期は0番台のサハ115-30を挟んでY1082+Y1099編成として活躍。サハを抜いて現在の編成となったと推定されます。

 

 

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長野・直江津方のクハの編成札は他の編成と比べてやや低い位置にあったのがこの編成の大きな特徴でした。

列番が札の編成が他にもいる中で、このクハは編成札の位置から遠目でもどの編成か判別することが可能だったことを思い出します。

しっかしまあひどい写真だこと()

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またリニューアル工事が行われていない編成では唯一両端のクハで札式の編成札が残っていたのが特徴でした。C13編成とは違いドア窓の抑えが金属枠に交換されるようなこともなく、C編成の中では最も原型を留めた編成といえるでしょう。

パンタグラフが交換されていなければ…なんて思いましたけど、C編成に置き換えられた800番台編成ですら末期はシングルアームに換装されていたので、実現は遠いものだったと感じますね(

 

 

転属から約13年半、C4編成お疲れ様でした。

 

 

車両の動きに関しては他にM40編成の廃車、C5編成の廃車、N603編成の運用開始とM7編成の運用復帰・編成札交換等がありますが、文章が長くなってしまうので一部を省略した上で別記事にしたいと思います。

 

以上